社会そのほか速
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
短編小説「父の勲章」で第4回室生犀星文学賞の受賞が決まった東京都世田谷区の会社役員、おちつかなさん(60)が「父の足跡を作品にしたかった。夢のようだ」と喜びを語った。
受賞作では、父の葬儀で古里へ戻った塾講師の男性が、非行少年らの更生を助ける保護司を務めていた父の足跡をたどり、生きる意味を見つける姿を描いた。
「自分の父も保護司だった。誰に褒められるわけでもなく、社会のためにと頑張った父親の足跡を作品の中に残したかった」と振り返った。
石川県野々市市出身。日本文学にのめり込むようになったのは早大3年で1年間米国に留学し、英語に囲まれ、寂しさを感じている時。偶然教会で見つけた1冊の文芸誌を擦りきれるまで読み込んだ。日本文学の魅力を「余白の多さ」だと表現し、「英語のように細部まではっきりと書かないことで、人の心へうねりとなって迫る」と話す。社会人になってからは、遠藤周作や吉村昭の作品を全編読んだ。
銀行に就職後、出資先の会社に出向。その後転籍し、仕事は多忙を極めた。激変する生活の中で心の支えとなったのが、小説だった。
15年前から小説を書き始め、応募した文学賞は落選続きだったが、書くことはやめなかった。現在も転籍先企業の執行役員として働き、通勤時間などの合間に執筆する。着想は周りのごく普通の人たちから「人間観察」して得るという。
「夜行バスに乗った時、近くの席の人の表情を見てその人の物語を想像してしまう」と笑う。
ペンネームの「おちつかな」は、落ち着きのない性格を改めてほしいと妻が考えたが、重みのある文章を書かなければという自らへの戒めもある。
小説の魅力は終着点が見えないこと。書き手にとってそれが楽しく、「どんな物語になるか最後まで分からないからやめられない」と言う。次作は走り幅跳びに打ち込み続けた長男をモデルに長編小説を書くつもりだ。
◇
表彰式は26日、金沢市千日町の雨宝院で行われる。受賞作全文は後日、石川、富山県版とヨミウリ・オンライン「北陸発」に掲載される。
古里の北陸を離れ、東京で英語の塾講師として日々を食いつないでいた主人公に、父の危篤を知らせる電話が入る。
父は、非行に走った少年や少女の更生を助ける保護司を務めていた。自分が少年の頃、同年代の若者が何人も父を訪ねては、消えていった。社会に出た彼らは恩を忘れるように、父との連絡を絶っていた。
亡くなった父に残ったものなんてあるのか――。葬儀後、主人公は父の書斎で料亭の名が入った包装紙を見つけた。一人の少年が、父へ持ってきた鴨料理のことを思い出した。
少年が残していった包装紙を手がかりに、父の足跡をたどりながら、仕事への情熱や誇りを取り戻す主人公の姿が描かれている。
第4回室生犀星文学賞には、前回より209編多い752編の応募があった。国内だけでなく、アメリカやドイツなど海外4か国からも作品が寄せられ、15歳から86歳まで幅広い世代の力作が集まった。1次選考で66編に絞り込まれ、2次選考を経て最終選考に5編が残った。
6日に東京・大手町の読売新聞東京本社で行われた最終選考では、大野茂利・北陸支社長が司会を務め、作家の加賀乙彦さん、中沢けいさんの2人が審査を担当した。
加賀さんと中沢さんは、理由を交えて作品一つひとつを講評し、受賞作に輝いたおちつかなさんの「父の勲章」について、加賀さんは「何気ない場面の描き方がうまい。文体を変化させて、主人公の成長を表現できていた」と称賛し、中沢さんは「空間構成と、後半の伸びやかな文章にひきつけられた」と評価した。
作品名作者あらすじ「咲く花」
北脇果歩
(千葉県)「言葉が、無くなってしまいますように」と願っていた主人公が、1人の少女との出会いから伝えることの尊さを知る。「夜盛り」
小森佳子
(岡山県) 疎外感を抱いていた少女が、都会の騒がしさを離れ、岡山で過ごす一夏。父の再婚相手の弟へ思いを寄せる淡い恋模様を描く。「バックミラー」
小沢真理子
(茨城県) 末期がんの父が入るための養護施設を一緒に探す娘。ふとした父の行動や周りの人の言葉から幼少期を回想していく。「真冬日」
林貞行
(奈良県) 新聞社を退職した主人公に届いた1通の手紙。詠まれた短歌を手がかりに、学生時代の青春を追いかける。
「父の勲章」は、ずっと以前に読んだときには、文体も特徴がないし、主人公は平凡な落ちこぼれで関心をひかないしで、受賞作とは思わなかった。しかし、最終選考の前日、五つの候補作を読み直してみると、これこそ秀作と言う具合に、評価がひっくり返った。たとえば日にちを律儀に書き込む日記風の構成、軽いメモ風の文章、日の当たらぬ主人公の生活感覚が、すべて人に遅れて、うだつの上がらない人間を描くには必要な工夫だと見えてきた。その人にとって、父親の死に出会って、その一生を考えてみると、その一生は自分と同じように見えた。父は保護司をしていて、多くの非行少年に会っていたが、それは保護期間が終われば関係が切れてしまうむなしい仕事であった。父の一生を思い、その介護に疲れ切った妹を気の毒に思いながら、保護司である父に感謝した少年がいたことに気付く。そして当の少年の働く小料理屋に行く。実に見事な逆転劇である。
「父の勲章」は父の臨終に立ち会いながら、物堅く生きた父の生をたどり直す軌跡が素直に描かれていた。最後の料理屋の場面が金沢らしい。小森佳子さんの「夜盛り」に、私はたいへん好感を持った。父の再婚相手の弟と女子高校生の揺れ動く関係がさっとひと筆書きの軽やかな文体で描かれている。人の人生がながくなったので、このような曖昧で微妙な関係もありうるだろう。北脇果歩さんの「咲く花」はコミュニケーション不全を象徴化した作品で面白かった。小沢真理子さんの「バックミラー」はタイトルどおり、年老いた父の生の日々が遠ざかって行く様子を描き、なかなか達者な筆使いであった。もう一つ印象に残るとっかかりがほしかった。林貞行さんの「真冬日」は歌枕の地を舞台に、現代短歌を絡ませる趣向が、遠い日の恋を語る口調となじんでいないところが惜しかった。
【主催】読売新聞北陸支社【共催】金城学園【後援】石川県、金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、報知新聞社【協賛】北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット、福光屋、内外薬品