社会そのほか速
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入社してから営業一筋で頑張ってきた20年。営業課長としてのモットーは「最強のチーム」を作ることだ。そのため「自分にも他人にも厳しく」を貫いてきた。しかし、半年前に新たな支店を任されてから歯車が狂い始めた。毎日、部下を叱咤(しった)激励し、オフィスに良い緊張感を保ってきたはずなのに、営業成績は低下する一方。年末の忙しい時期に、ベテランの営業マンが何日も会社を休んでしまった。部下たちに彼の休みの理由を聞いても、誰も顔を上げない…。確かに彼には特に厳しく指導してきたが、こんなのパワハラになるわけがない。ないはずだよな。でも、もしかしたら…。
イラスト:川崎タカオ
今ではパワハラ(パワーハラスメント)という言葉を知らない人はいない。2012年に厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」がパワハラの定義を提案して以来、自治体や企業がその対策のためのマニュアルを整備してきた。目にしたことがある人もいるかもしれない。
そもそもパワハラとは何か? 簡単に説明すれば、同じ職場で働く者が、上司と部下など職務上の地位、雇用形態、専門技能や成績の差などの優位性を利用して、仕事として必要な範囲を超える精神的、身体的な苦痛を与える行為のことだ。「暴行などの身体的攻撃」はもちろん、「職場での暴言・侮辱などの精神的な攻撃」「無理な仕事を与えたりする」「個人のプライバシーに過度に立ち入る」といったことなどもパワハラに含まれる。
問題なのは、パワハラはどこの職場でも起こりがちだし、実は誰でもパワハラ加害者になる可能性があることなのだ。産業精神保健学の見地から行政機関や企業にアドバイスを行ってきた杏林大学病院精神神経科の古賀良彦教授は、「全国に100カ所以上の営業所を持つような大企業なら、有名なパワハラ中間管理職者が必ず何人かはいるもの」と話す。
■家に帰れば、子煩悩な父親だったりする
こうした人たちが、特に攻撃的な性格を持つ特殊な人格なのかというと、そうでもない。古賀教授は「組織でそれなりに評価されてきた人ですから、ほとんどの場合は普通の人。家に帰れば、子煩悩な父親だったりする」と話す。
では、普通の人がなぜパワハラ加害者になってしまうのか。「パワハラ自体は病気ではないが、組織の中に生じる精神保健上の問題が背景にあることで、典型的パターンが生まれるためだ」と古賀教授はいう。「多くのパワハラ加害者は、努力家で成績のよい中間管理職。ノルマを含めた上からの圧力を、下に振り分けることが仕事であり、自分が思う存分言える人を無意識に見つけ出す行動に出る」(古賀教授)。典型的な例が、40代後半から60代にかけての営業マンで、あまり出世していない人だと指摘する。加害者にとっては、こうした人を叱咤激励するつもりの指導だが、プライドのあるベテランにとってそれを若い社員の前でやられるのがいちばんつらい。
古賀教授は「パワハラの問題は、こうしたことを続けていくうちに加害者が相手に対する怒りの感情を無意識のうちに強め、通常ではありえないような言動へどんどんエスカレートしてしまうことだ」と説明する。最初は、職場を少し緊張させるだけの言動にとどまっていても、やがてスタッフ全体の士気を低下させ、最後には周囲からの評価を下げるような行動へとつながっていくという。
Edutainment Planetが作成したパワハラ講習資料を基に作成。
■パワハラ加害者の行動は再発する
パワハラがエスカレートする性質を踏まえ、企業では職務内容に応じて、より具体的な加害者向けのチェックシートなどを用意している。中間管理職になったら職場のマニュアルなどで調べてみて、年に1度は確認してみるといいだろう。さらに、将来的にパワハラ加害者になりやすい「心の状態」があることも分かってきた。以下の項目で、1カ所でも思い当たるところがあったら、部下とのコミュニケーションの方法について、職場や地域の産業精神保健の担当医、カウンセラーに相談してみるといいだろう。
1カ所でも思い当たる項目があったらパワハラになりやすい状態といえる
(古賀教授の話や厚生労働省の資料を基に構成)。
パワハラ防止に取り組んでいる企業では、電話やメールによるホットラインなどの相談制度も設けられているが、現段階では十分な効果が上がっているとはいえない。日本でパワハラ問題が浮上している背景には、日本の企業風土があると専門家は考えている。「契約」の考え方が強い欧米企業では、たとえ上司であっても職務を超えた範囲で権限を行使できず、部下も不当な指示を受ければ「職務上決められたこと以外は口を出すな」と主張する。それに対して職務と職務外の線引きが曖昧な日本では、「成績向上のための指導がなぜ悪い」となりがちだ。
そして、本人が気づかないうちに社内で、「あいつはパワハラ常習者」の烙印(らくいん)を押されかねない。パワハラに対する対処は企業によって大きく異なるが、最近では、数回パワハラ行為が認められると「降格」といった処分が下されることもある。一部の企業では、パワハラ加害者を一時的に部下のいない部門に配属する場合もある。元の職場に戻すと、再びパワハラを起こす恐れがあるからだ。古賀教授は「パワハラの加害者になる人は、これまで自分のやり方で成功してきたし、会社にも大きな貢献をしているという自負がある」と、その背景を解説する。
■視点を変えて自分を客観視する
では、上記のチェックリストで思い当たる項目があった場合はどうすればいいのか? そんなパワハラ加害者および予備軍たちに対する古賀教授のアドバイスは、「もっと広い観点から、中間管理職としての自分のありようを見つめ直す」ことだ。
パワハラ系の中間管理職は、上ばかり見る傾向が強い。職場の成績や上からの評価ばかり気にしているから、パワハラを是としてしまう。「そのような人は、大企業の社長、会長など、自分よりずっと成功しているビジネスパーソンがどういう行動をしているかを勉強してみるとよい」(古賀教授)。今の自分のやり方とは全く異なるものであることが、わかるだろう。
また、自らがパワハラ加害者になっていないかは、心身の状況の変化でも推察できる可能性がある。「パワハラ加害者は、気づかないうちに自分自身のやり方に疲れ、高度の不眠になる例が見られる」(古賀教授)。このほか、パワハラを繰り返してきた人に退職後の生活について尋ねると、「静かな自然で農業の体験をしてみたい」など、らしからぬ夢を語ることがあるという。
先に紹介したチェック項目や心身の変化などにおいて思い当たるところがあった人は、ビジネスパーソンとしてのより良い人生を考え直す好機を得たのだととらえ、自分の姿を今一度振り返ってみてほしい。
(荒川直樹=科学ライター)
Profile 古賀良彦(こが・よしひこ)さん
杏林大学医学部精神神経科 主任教授
1946年、東京都世田谷区生まれ。慶応義塾大学医学部を71年に卒業。76年に杏林大学医学部精神神経科学教室に入室、90年に助教授、99年に主任教授となり現在に至る。日本催眠学会名誉理事長、日本ブレインヘルス協会理事長、日本薬物脳波学会副理事長、日本臨床神経生理学会名誉会員などを務める。
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