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死刑囚巡る感情 赤裸々に

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死刑囚巡る感情 赤裸々に

 死刑囚巡る感情 赤裸々に

 

 

  第6回日経小説大賞(日本経済新聞社・日本経済新聞出版社共催)の授賞式が2月18日、東京・日経ホールで開催、一般公開された。贈呈式に続く座談会では、「女たちの審判」で受賞した紺野仲右ヱ門氏(信吾氏・真美子氏)と、選考委員の辻原登、高樹のぶ子、伊集院静の3氏が、受賞作や共作という執筆方法をめぐって話し合った。(司会は編集委員 宮川匡司)
 

 

 ■悪への共感すら誘う筆力

  司会 最終候補5編から受賞作を選んだ理由は何だったのでしょうか。

  辻原登氏 拘置所の中での出来事が小説の5分の3くらいを占めていて、博多拘置所に収監された死刑囚の梶山智樹が主人公。この小説の魅力は、加害者の梶山という男が中心の小説である点です。しかし、梶山の内面というか心理はあまり描かれない。

 つじはら・のぼる 1945年和歌山県生まれ。85年「犬かけて」で作家デビュー。90年「村の名前」で芥川賞を受賞。主な作品に「翔べ麒麟」(読売文学賞)、「韃靼の馬」(司馬遼太郎賞)、「寂しい丘で狩りをする」など。
 

 

  梶山というのは、相当にひどい殺人犯なんですね。誘拐して、なぶり殺しにして、殺した後で身代金を要求する。こんな残虐な殺人犯が主人公であるにもかかわらず、どうして我々はある意味で梶山に共鳴し、共感するのか。相当の力量がないと、こういう小説はなかなか書けない。

  高樹のぶ子氏 タイトル通り、女たちがさまざまな感情を持つ。子どもを産んだ女性への共感や嫉妬心、競争心など女たちのいろんな心理のバリエーションを、登場人物がそれぞれの役割として持っています。中心にいるのは死刑囚ですけれども、女たちがクモの糸のように絡み合って物語を進めている。普通は目にしない拘置所の中の世界だけに、グイグイと引かれて読みました。

  伊集院静氏 登場人物が母里(もり)直(なお)や百合原、八尋などといった名前なんですね。小説をうまくまとめようとすると、あまり変わった名前はつけません。どうしてこういう名前をつけなければいけなかったか考えると、土着性だなと思ったんです。土着性というのは小説の中ですごく大事でしょう。どこで、何が書かれているか。犯罪も“その町”で起こるわけだから。

  司会 拘置所内部の描写については。

  辻原氏 拘置所は凝縮された社会で、るつぼのようなところ。そこに男性刑務官、女性刑務官、死刑囚がいる。この「渦巻き」がこんなに説得力をもってドラマチックに描かれた小説は、僕はあまり読んだことがないですね。第3章では、僕たちには想像もつかないような刑の執行の現場をリアルに書いている。

  伊集院氏 死刑の執行に立ち会いたくないから上司に賄賂をあげたり、その日は風邪を引いたことにして休んだり。小さいころから死刑囚に至るまでの人生の軌跡を本当に短く書いてあるのもよかった。パッと凝縮してあって、すごくうまいなと。

  司会 この小説には女性がたくさん出てきます。その描き方はどうですか。

 ■様々な感情を持つ女たち

  高樹氏 女たちというのは、立場によって本当にさまざまな感情を持つのだなと思います。

 たかぎ・のぶこ 1946年山口県生まれ。80年「その細き道」で作家デビュー。84年「光抱く友よ」で芥川賞を受賞。主な作品に「透光の樹」(谷崎潤一郎賞)、「トモスイ」(川端康成文学賞)、「甘苦上海」、「少女霊異記」など

 

  一つ梶山について聞きたい。自分が拘置所に入った後に生まれた子どもを見たい、会いたいという感情が芽生えてくる。しかし、彼が人間性を取り戻したというふうには書かれてないわけですね。徹底した悪にも読めない。女性が考える殺人犯と、男が想像する殺人犯のそごは生まれなかったのですか。

  紺野信吾氏 なぜか一致していました。主人公に関しては、真っ白というか、色がついていない感覚があったんです。実際、刑務所に入ると社会で振る舞っているようなそぶりもほとんどなくなりますし、においも消える感じがあります。

  司会 受賞者おふたりは、これまでどういった仕事をされてきたのか。

  紺野真美子氏 かつて刑務官でした。警察署や県警本部での事務職を経て刑務官になり、最初に勤めたところが拘置所です。

  信吾氏 少年鑑別所の心理技官でした。大学時代はボクシングをしていました。格闘技にすごくはまっていまして、体育大学に行けば体も鍛えられると思って。部活動が終わった後、夜は直接打撃の空手道場にも通っていました。それにも飽き足らずに、キックボクシングのプロになって、後楽園ホールで試合をしたこともあります。

  そういうことをやると、オスの限界をすごく感じるんです。自分は一体何をやっているんだとか、人間の本当の強さは何だろうとか、闇の中に引きずり込まれるような感覚がありまして。心理学という学問を知り、徹底的に勉強したいと思って臨床心理学で有名な大学に編入しました。

  真美子氏 (私たち夫婦の)流れを簡単に言うと、出会ったときは法務省のキャリア職員で、結婚の挨拶に来たときは無職で、子どもが生まれて1歳になったときは牛乳配達をしていました。

  信吾氏 法務省を2年でやめちゃったんです。

  司会 共作についてどう考えていますか。

  真美子氏 どちらも本好きだったと思いますが、先に小説を書き始めたのは私です。共作にはすごくためらいがありました。

  信吾氏 執筆を手伝うことがあったのですが、カミさんに対して私が偉そうなんですって。助言する態度がとにかく偉そうだ、責任を持って表に出ろと言われたので、それも一理あるなと。

  いじゅういん・しずか 1950年山口県生まれ。81年「皐月」で作家デビュー。92年「受け月」で直木賞を受賞。主な作品に「ごろごろ」(吉川英治文学賞)、「ノボさん」(司馬遼太郎賞)、「無頼のススメ」など。
 

 

 ■将来はユーモアのある作品を

  伊集院氏 「新婚さんいらっしゃい!」みたいだな。こういうところで出会いとかを話しちゃダメ(笑い)。ウソついちゃったほうがいいですよ。そのぐらいじゃないと、小説家としては生きていけませんよ。

  高樹氏 作家の共作をどう考えればいいのだろう。1つの作品のいいところと悪いところを1人の人間が全部背負って責任を持つ、というのが従来の作品と作家の関係だけれども。2人でやると2人で作品に責任を持たなければならない。

  辻原氏 共作するというのは、別にそんなに変わったことじゃないんですよ。1つの作品に1人の作家というのは一種の幻想です。

  司会 けんかをすることはありますか。

  信吾氏 けんかが基本です。10日のうち9日けんかしていて、その間は停滞です。1日だけ、ガーッと動く。

  真美子氏 共著は難しいなと思います。でも今回の作品は共著じゃなかったら書けなかった。これからも、このスタイルで書いていきたいなと思っています。

  司会 選考委員の皆さんから、作家としての課題や注文は

  辻原氏 1つの作品を1人で書こうが、2人で書こうがそんなことは関係ない。いい作品がそこにあればいいんです。

  高樹氏 対立しながらどちらかが矛を収めて形をつくっていると思うんですが、その矛を収めないで、1つの作品の中で思いっきり出していく。まろやかには仕上がらなくて、ザラザラしたものでもいい。そっちに是非というわけではないけれども、そういうものもあっていいのでは。

  伊集院氏 将来、ユーモアのあるものを書いてほしい。作品にはユーモアが入ってないと。ちょっと切実過ぎる。

 座談会で話す(右から)受賞した紺野真美子氏と信吾氏、選考委員の辻原登、高樹のぶ子、伊集院静の各氏(18日、東京・大手町)

 

  真美子氏 伊集院先生が今おっしゃった切実さを突き詰めていって、どこまでも切実な小説を書くのもおもしろいなと。

  信吾氏 自分の性格からいうと、やはり突き詰めたいですね。穴蔵の中に入っていたい。

  伊集院氏 それを私はユーモアと言っているわけよ。あなたは格闘技をやっていて、オスの限界を感じた。それはユーモア以外の何物でもない(笑い)。

  司会 最後にエールを。

  辻原氏 次にも期待しますね。ぜひ読みたいです。

  高樹氏 真面目に見えて、本当は大ウソをついているというのが作家の才能だから。今後はそのあたりをどんどん精進してほしいと思います。

  伊集院氏 あなたの手をとって「こう書きなさい」ということは言えないから。頑張って早くライバルになってもらいたい。

 こんの・なかえもん 紺野信吾(左)氏・真美子(右)氏の共同筆名。信吾氏は元法務省矯正局心理研究職。現在は公益社団法人、身体教育研究所の技術研究員。51歳。真美子氏は警察事務職を経て刑務官。現在は壇上志保の筆名で作家。53歳。ともに山形県在住。

 

 

 「女たちの審判」で受賞 紺野仲右ヱ門氏あいさつ

 

  紺野信吾氏 選考委員の先生並びに関係者の皆様、また、私たちを見捨てずにここまで導いてくださった先達の方々に、心より感謝申し上げます。また、今日会場にお越しいただいたお一人お一人に対しましても、厚くお礼申し上げます。

  受賞の知らせを聞いてうれしかったのですが、この運が逃げていかないように感情を押し殺して、じっとしていました。

  紺野真美子氏 私も受賞の知らせを受けたときは、ただうれしかったんですけれども……。1時間、2時間とたち、夫婦で小説を書くのは多分、大変だろうなということを考えて1人でもんもんとしていました。

  信吾氏 「女たちの審判」は2人の共同執筆です。「紺野仲右ヱ門」というペンネームは、私の山形の実家の屋号から採りました。2人で共著で書いているということは誰にも教えていませんでした。選考委員もそうそうたる方々で、賞金もありましたし(笑い)。新聞で取り沙汰され、親族や知人は驚いたようです。

  2人でこれからも、ひたすら精進していく所存でありますので、何とぞよろしくお願いいたします。このたびは本当にありがとうございました。

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