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業務中ではしっかりしている人でも、ひとたび酒が入ると違った一面が見えてくるもの。その原因は一体何なのだろうか?
酔っ払いの行動は滑稽で突飛(とっぴ)だ。杯を重ねるにつれ、あきれるほど同じ話を繰り返したり、電車で帰ればいいものを、わざわざ歩いて帰ってみたり…。こうした特有の行動の裏側に、実は脳とアルコールの不思議な関係がある。アルコールによる脳の影響について、ヒトのからだと脳の働きを研究している自然科学研究機構生理学研究所の教授で、医学博士の柿木隆介先生に話を聞いた。
「脳には、脳にとって有害な物質をブロックする『血液脳関門』があります。いわば脳のバリア機能を果たす器官で、分子量500以下のものや、脂溶性の物質に限って通過することができます。この2つの条件を満たすアルコール(エタノールの分子量は46.07)は、脳関門をやすやすと通過し、脳全体の機能を一時的に“麻痺(まひ)”させるため、さまざまな行動を引き起こすのです」(柿木先生)
柿木先生によると「アルコールによる影響が出やすいのは前頭葉、小脳、海馬の3つ。前頭葉は人間の思考や理性の制御、小脳は運動機能の調節、海馬は記憶の保存をつかさどっています。しらふでは到底考えもつかない、酔っ払いならではの奇行は、これらの部位の機能低下によって引き起こされる」という。
図1◎ アルコールによって麻痺しやすい「前頭葉」「小脳」「海馬」の位置と機能
アルコールは脳全体の機能を麻痺(機能低下)させる。中でも前頭葉、小脳、海馬の影響が最も表れやすい
■前頭葉が麻痺すると出てくるのが「ここだけの話…」
「正常時、脳は“理性のガードマン”ともいえる前頭葉によって、理性的な行動が保たれています。しかし一旦アルコールが入ると、前頭葉は徐々にガードマン的な役割から解き放たれ、結果的にコントロール機能が低下します。ほろ酔いになってくると、例えば、悪口や秘密、自慢話を言いたがる人がいるでしょう? 初期段階では『ドーパミンやアドレナリンなどの脳内ホルモンによる興奮作用がそうさせる』という説もありますが、普段なら絶対に言わないことをしゃべり始めるのは、前頭葉が麻痺し始めた典型的な状態なのです」と柿木先生は明かす。
行動は人によってさまざまだが、やたら大きな声でしゃべる、下ネタを話す、遠い距離でも歩いて帰ろうとする――なども、前頭葉が麻痺することが原因。酔いが深まるにつれて、前頭葉の理性を抑制する力は徐々に弱まってゆくそうだ。酒の席でよくありがちな「ここだけの話……」もまさにこれ。アルコールによって“解放された”前頭葉は、どこまでも人をおしゃべりにさせる。
アルコールで小脳が麻痺すると、スマホの操作など細かな作業が難しくなる。(c)ratchanida thippayos-123rf
■千鳥足の原因は小脳の麻痺
しかし、悪口や自慢話を言っているうちはまだ軽度。さらに酔いが進むと、ますます挙動にも影響を及ぼしてくる。こうしたことに関与しているのが小脳だ。
小脳は平衡感覚、精緻な運動や行動(細かい動き)、知覚情報などをつかさどる部位。「アルコールによって小脳の機能が低下してくると、運動のスムーズさや正確さが保てなくなる。そのため、千鳥足になる、ろれつがまわらなくなる、スマホを操作するなど指先を使った細かい動作ができなくなるといった、一見して誰もが“酔っ払い”と認識できる状態になります」(柿木先生)
■ひどく酔っ払っても家に帰れるのは長期記憶のおかげ
多くの酒飲みが経験している「記憶の忘却」。翌朝、「2次会の店でお金を支払っただろうか?」と、振り返って不安になる。一緒に飲んでいた人に聞いてみると、「きちんと会話していたし、お金も払っていたよ」と言われ、胸をなで下ろすものの、当の本人は全くといっていいほど記憶がない。その謎を解く鍵は海馬が握っていた。
「海馬は短期記憶を残し、それを長期記憶に変えるという2つの役割があります。短期記憶とは、新たなことを一時的に記憶するだけで、覚えていられる時間はごくわずか。例えて言うなら、パソコンにキーボードでデータを入力して、それをセーブせずに電源を切ってしまうようなもの。酔っ払いが何度も同じ話をしたり、きちんと精算を済ませたかを覚えていないのは、『一度話をした』という記憶をセーブしていないからです」(柿木先生)。だから、酔っぱらいは同じ話を何度も繰り返す。
だが、どんな会話をしたか覚えていなくとも、カーナビで自宅を目的地設定したかのように家に帰りつけるのはなぜだろう。「それは長期記憶のおかげ」と柿木先生は明かす。
「長期記憶は“思い出記憶”“エピソード記憶”ともいわれ、脳に長く留まる記憶です。帰宅するまでの道のりは、毎日同じ道を繰り返し通ることで、長期記憶として固定化されます。日々記憶の格納庫から記憶を取り出しているので、酔っていても容易に記憶を取り出すことができます。ほとんど意識がない状態でも家に帰ることができるのはそのためです」(柿木先生)。例えば、旅先や出張先などで酔いつぶれてしまうと宿泊先に戻れなくなるという珍事も、経路が長期記憶として定着していないことと関係している。
こうしてアルコールと脳の関係性をひもといていくと、酔っ払いの全ての奇行に説明がつく。だが「酒の席だから」と笑っていられるのは、かなり酔っ払った本人だけ。さほど酔っ払っていない人は、常に冷静な目で酔っ払いを観察している。心当たりのある方は、評判を落とさぬよう、今一度、酒との付き合い方を見直してはいかがだろうか。
(葉石かおり=エッセイスト・酒ジャーナリスト)
Profile 柿木隆介(かきぎ りゅうすけ)
自然科学研究機構生理学研究所教授
1978年、九州大学医学部卒業後、同大学医学部付属病院(内科、神経内科)、佐賀医科大学内科に勤務。85~87年、ロンドン大学医学部留学後、佐賀医科大学を経て、93年より岡崎国立共同研究機構生理学研究所(現、自然科学研究機構)教授。
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